大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和49年(行ウ)144号 判決 1976年7月20日

原告 西田商事有限会社

被告 品川税務署長

訴訟代理人 前蔵正七 小川修 ほか三名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判<省略>

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は風俗営業を営む会社であるが、被告は原告に対し、

昭和四八年六月三〇日付で、(一)品法源第三一七〇号をもつて、昭和四七年一月分から同年五月分までの原告が納付すべき源泉所得税について、税額を四〇五、五三八円とする納税告知処分、及び税額を四〇、四〇〇円とする不納付加算税賦課決定処分、(二)品法源第三一七一号をもつて、昭和四五年一月分から昭和四七年一月分までの原告が納付すべき源泉所得税について、税額を二、〇〇九、二五〇円とする納税告知処分、及び税額を一九九、六〇〇円とする不納付加算税賦課決定処分をそれぞれした(以下、右各納税告知処分を「本件処分」、各不納付加算税賦課決定処分を「本件決定」という。)。

2  しかし、本件処分は次に述べるとおり違法である。

(一) 本件処分は、原告がその従業員であるホステスに対して支払つた報酬等の所得税に関するものであるところ、ホステス等のその業務に関する報酬等についての所得税は、昭和四二年所得税法の改正により従来の申告制から源泉徴収制になつたものであるが、原告は、同業者組合に加入していないので、従前から税務署主催の各種の税金に関する説明会について開催の案内を受取つたこともなく、ホステスの報酬等の所得税についての右の改正をまつたく知らなかつたのである。

他方、原告は、昭和四二年度分から法人税の確定申告をしており、その確定申告書の記載に基づいて調査すれば原告がホステスの報酬等についの源泉徴収をしていないことは容易に判明することであるから、被告は右事実を知つていたか、または容易に知り得たはずである。

したがつて、被告は、原告の源泉徴収義務の懈怠について早急に指導、説明してこれを是正すべき義務があつたにもかかわらず、これを長期間にわたつて放置した重大な過失があり、原告の本件の源泉所得税の不納付は、被告の右過失により発生、拡大されたものであるから、本件処分は違法である。

(二) 源泉所得税の法定納期限は、当該所得の支払い、すなわち所得税の徴収の日の属する月の翌月一〇日と規定されているが、これは支払者の分割納付の利益という観点から定められているものであるから、納税告知も当該法定納期限ごとになされるべきであつて、被告には適切な時期に納税告知すべき注意義務があり、恣意的な時期における納税告知は許されないというべきである。

しかるに本件処分は、前記のとおり二九か月分について一括してなされており、原告の分割納付の利益を無視し、その受忍限度を超える過重な負担を強いるものであつて、被告は、適切な時期における納税告知をしなかつたという重大な過失があり、違法である。

(三) 所得税法二二一条によれば国に対して源泉所得税の納付義務を負うのは支払者であつて受給者ではないのであるが、右規定は、同法二二二条により支払者が受給者に対してその納付にかかる所得税額について控除または支払請求できることを前提としているものと解すべきであるところ、本件の受給者たるホステスらは転々と住所を変え、その移転先を知ることは非常に困難であり、原告の受給者たるホステスらに対する支払請求は、社会通念上不能に帰しているものであつて、したがつて原告に対する本件処分は憲法の規定する財産権の保障に十分でなく、原告の受忍限度を超えた違法な処分である。

3  さらに本件決定もまた違法な処分というべきである。

すなわち、原告が法定納期限までに源泉所得税を納付しなかつたのは、前記2(一)で述べたとおり被告の重大な過失に起因するものであつて、原告には源泉徴収及び納付義務を免れようとする意図はまつたくなく、右不納付につき原告に過失があつたとしても、それは被告の過失に比べれば軽微なものである。したがつて原告には右不納付につき国税通則法六七条一項ただし書にいう「正当な理由」があつたものというべきであるから、本件決定は違法である。

4  よつて原告は被告のなした本件処分及び本件決定の取消しを求める。

二  請求原因に対する被告の認否

1  請求原因1は認める(なお、昭和四六年一二月一六日ないし三一日の従事期間に対する報酬等は翌年一月に支払われたため、昭和四七年一月分は支払いの日の属する月の分としては本件処分において重複しているが、内容としては別の報酬等の支払いに関するものである)。

2  同2(一)のうち、本件処分は原告がホステスに支払つた報酬等の源泉所得税に関するものであること、昭和四二年法改正によりホステス等の報酬等の所得税が申告制から源泉徴収制になつたこと、原告がその主張の法人税申告をしていることは認めるが、原告が同業者組合に加入していないことは否認する。その余の主張は争う。

3  同2(二)の主張は争う。

4  同2(三)の主張は争う。

5  同3の主張は争う。

三  被告の主張

1  本件処分及び本件決定の根拠

被告は、昭和四七年五月ころ、原告の法人税及び源泉所得税についての調査を行なつたところ、原告は、本件処分の対象となつた年月分のホステスに支払つた報酬等について、所得税の源泉徴収をまつたく行なつていないことが判明した。そこで被告は、原告の経理担当者である高山恵啓に対し、ホステス等の報酬等の所得税の源泉徴収について説明するとともに、原告がホステスに支払つた右年月分の報酬等の金額について質問し、原告の提出した「ホステス給与支払台帳」に記載されてあつた金額により、所定法令の規定によつて、各法定納期限までに納付されなかつた右年月分の源泉所得税についてその税額を算出し、本件処分及び本件決定をしたものである。

2  源泉徴収制度等の説明・指導について

原告は、ホステスの報酬等にかかる源泉徴収について説明、指導を行なわずになした本件処分は、違法である旨主張する。

しかしながら当時被告は、源泉徴収について別紙のとおり新設会社に対する説明会、年末調整並びに法定調書の提出に関する説明会及び改正税法の説明会をそれぞれ開催するとともに、それに必要な資料を交付して源泉徴収事務について十分説明、指導を行なつたのであるが、仮に被告が原告主張のようにホステスの報酬等に対する源泉徴収について説明、指導を行なわなかつたとしても本件処分が直ちに違法となるものではない。すなわち、源泉徴収についての説明等の行政指導は、行政運営上の問題であつて、納税告知処分の前提として法律上義務づけられているものではないのである。

原告は、ホステスに対し報酬等の支払いをしたにもかかわらず、所得税法に定める源泉所得税を納付していなかつたため、被告は、国税通則法三六条一項の規定に基づき本件処分を行なつたのであり、本件処分には、なんらの違法はない。

3  納税告知処分をなす時期について

原告は、源泉所得税についての納税告知処分は、当該法定納期限ごとになされるべきであつて、本件のごとき昭和四五年一月分から昭和四七年五月分までの二九か月分について一括してなされた納税告知処分は違法である旨主張する。

しかしながら、源泉所得税についての納税告知処分は国と納税者(国税通則法二条五号後段に規定する納税者)との間に確定した債権債務を納税者に告知し、納税義務等の履行を請求する徴収処分であり、この処分は、国税の徴収権の消滅時効(国税通則法七二条)の完成まで行使できるものであるから、本件処分は適法である。

4  ホステスらに対する原告の支払請求について

原告は、本件の受給者たるホステスらは転々と住所を変えているので、その移転先等を知ることは著しく困難であり、原告が受給者たるホステスらに対して支払請求権を行使することは事実上不可能であるから、本件処分は原告に過酷な負担を強いるもので違法である旨主張する。

しかしながら、原告が受給者たるホステスらに対し支払請求権を行使することが不可能となつた要因は、そもそも原告がホステスの報酬に対する源泉所得税を徴収すべき義務を履行しなかつたことによるものであるから、たとえ原告のホステスらに対する支払請求権の行使が不可能であるとしても、これによつて本件処分が違法となるものではない。

5  本件決定について

原告は、本件の所得税についての源泉徴収及び納付義務を免れようとする意図はなく、法定納期限までに源泉所得税を完納しなかつたのは、被告からホステスの報酬等にかかる源泉徴収についての説明、指導がなされなかつたなど専ら被告の過失によるものであり、原告には国税通則法六七条一項ただし書に規定する「正当な理由」があるから本件決定は、違法である旨主張する。

しかしながら、被告は、前述したとおり源泉徴収についての説明、指導を行なつており、原告は、自らの怠慢により自己に源泉徴収義務のあることを知る機会を失したのであつて、被告にはなんらの過失もなく、また被告が原告に対してホステスの報酬等にかかる源泉徴収について直接説明ないし指導をしなかつたとしても、このことが国税通則法六七条一項に規定する「正当な理由」に該当するものではない。

したがつて、本件決定は適法である。

四  被告の主張に対する原告の認否及び反論

1  認否

被告の主張1は認める。同2のうち被告が各種の説明会を開催したことは不知。その余の被告の主張は争う。

2  反論

公法上の債務である租税債務につき付加される加算税は、納税者の行なうべき申告及び納付義務の履行について、国税に関する法律の適正な執行を妨げることになる行為または事実に対する防止および制裁の措置としての性質をもつ負担として課せられるものである。この見地から国税通則法六七条一項ただし書の適用を考えるに、第一に納税義務者が本税の納付義務の存在もしくは懈怠を知らず、かつ知らないことに過失が認められないという事情のもとにおいては、たとえ法定納期限までに本税たる国税を完納しなかつたとしても、不納付加算税を徴収することはできないものといわねばならない。すなわち、本税の納付義務懈怠につき善意無過失ということが国税通則法六七条一項ただし書にいう法定納期限までに納付しなかつたことの「正当な理由」に該当すると考えられる。

第二に、納税義務者が、本税の納付義務の存在もしくは懈怠を知らず、知らないことにつき過失があつた場合でも、不納付加算税の納税義務を免れ得る場合もある。けだし、当該本税の不納付につき行政庁の過失が競合しているときは、具体的事案に即して行政庁と納税義務者との各過失の態様、程度等を比較衡量して、行政庁の過失の方が大であると認められる場合、または行政庁として当然なすべき指導、説明等の義務を怠り、その結果納税義務者が本税の納付義務の存在もしくは時期を覚知できずに納期限を徒過したような場合には、納税義務者は不納付につき「正当な理由」があつたものと解せざるを得ない。

そこで、租税徴収につき行政庁が国民に対し為すべき義務について考えるに、個別具体的な租税の賦課徴収は、行政庁の処分の形式によつて一方的、強制的に納税者たる国民に納税義務を課し、徴収するのであるから、行政庁の権力的行政行為であるといえる。かかる納税義務者の権利侵害を伴う権力的行政行為は、事前の司法的チエツクなしに納税義務者に一方的に不利益を与えるものであるので、行政庁は具体的な公権力の行使に際しては十分な広報活動、指導及び告知、聴問の機会の付与等をなすべき義務があるものと解するのが相当である。ことに、法改正により従来と異なる処分行為をする場合には、一層の広報活動、指導等が要請されるのであり、一方納税義務者も右のような行政庁の適切な行政指導等を期待、信頼して租税債務を履行していれば、少なくとも加算税の支払義務は発生しないものというべきである。

右のように解することが、公権力の行使者たる行政庁と国民との力の差を是正し、適正な租税法律関係の確保につながるのである。そして、具体的に要請される行政庁の義務の内容は、当該納税義務者をして適正な納付義務の履行を可能ならしめ、納税を円滑に遂行せしめるべく、納付義務の存在や納期限を覚知せしめることであり、各納税義務者の場合場合により差異が生じ、個別具体的に各納税義務者との関連において判断されるべきものである。

本件においては、原告には請求原因2(一)で述べたような事情のほかにも、原告が所得税法の前記改正後である昭和四六年一月ころ、被告から従業員の給料について源泉徴収するよう指示された際にも、ホステス等の報酬等の所得税が源泉徴収制になつた旨の説明は受けず、また、その際所得税法二〇四条該当の納付書を交付されたが、その納付書は右法改正前の旧様式のものであつて、ホステス等の報酬等の欄がなかつたという事情が存するのである。

以上の事実から、被告は原告が本件の源泉所得税納付義務の存在を知らなかつたと認識し得たはずであり、その点につき適切な指導をすべき義務があつたといわねばならない。被告は単に右義務を懈怠したのみならず、ホステスの報酬等の源泉所得税の納付義務がないものと誤信していた原告に対し、旧様式の国税納付書を交付してその過失を助長したもので、被告の前記一連の行為は行政庁として要請される納税を円滑に遂行せしむべき義務を怠つたもの、すなわち過失と解せざるを得ない。しかも、被告の右過失は「行政庁は納税につき適切な指導をしており、それに従えば適正な租税義務の履行がなされる」という原告の期待を裏切るもので、被告が行政庁としてもう少し注意深く納税事務を遂行していれば防止できたはずのもので、重過失といわねばならない。このことは、被告が税務に関する各種の説明会を開催したという事実があつても、影響は受けないものである。したがつて本件源泉所得税不納付につき、原告と被告の過失を比較衡量してみると、被告の過失の方が大であり、原告は国税通則法六七条一項ただし書の「正当な理由」があると認められるべきである。

五  原告の反論に対する被告の再反論

本件の源泉所得税が法的納期限までに完納されなかつたことの正当理由についての原告主張は、究極的には「原告と被告の過失を比較衡量してみると被告の過失の方が大であり」としていることから、原告自身の過失をも認めていることがうかがえるが、原告は、被告がより以上の過失いわゆる重過失があるとして批難している。

しかしながら、右の不納付については原告にこそ明らかに重過失があり、正当理由はまつたく認められないといわなければならない。

すなわち、被告は、前記の所得税法の改正に際して、昭和四二年七月ころから東京国税局の指示に基づき、右改正の概要の記載されたパンフレツトを配付するなどの広報指導を行なつたほか、前記のように各種の説明会を毎年開催し、その案内を管内のすべての関係納税者に送付して、あらゆる手段を講じて税法の周知徹底を期していたものである。

ところで、原告は、本件の源泉所得税の納付義務の存在を原告が知らないことについて、被告は認識し得た旨主張する。

しかし、原告の本件の源泉所得税不納付の事実は、前記のように昭和四七年五月の法人税及び源泉所得税についての被告の調査により判明したものであるが、そもそも右の調査は法人の申告所得金額の正否及び源泉所得税の徴収、納付の正否確認と、事後の適正な申告、納付のための指導を行なうものであるところ、被告が原告の設立第一期である昭和四三年三月期から昭和四六年三月期までの四事業年度をまとめて同時に調査、指導したことは、被告課税庁の限られた法人税及び源泉所得税事務の従事人員と、莫大な要処理法人数との割合や、事務効率等を勘案してみた場合、やむを得ないことであり、被告課税庁における右の調査においてこのような数事業年度一括同時調査は通常行なわれている方法であり、特に原告会社のみ四事業年度を一括して調査したものではない。

右のような事情からして、原告の前記主張は失当であり、被告はこれら限られた臨場による調査、指導を補完する意味においても、常に広報、集合指導等あらゆる機会を通じて税法の周知徹底をはかつているのである。

他方これに対し、原告の経営するクラブ「西陣」は、同業者組合である五反田料飲組合連合会に加入しており、また、原告の経理担当者高山恵啓は原告会社設立以来、経理、税務一切の責任者として会社業務に従事しており従業員の源泉徴収事務にも関係していた者であり、ホステス等の源泉徴収制度をまつたく知らなかつたとは到底信じ難いのみならず、仮に原告が原告自身の怠慢から、税法の改正されたことを知らなかつたとしても、原告の税法不知ゆえに源泉所得税の法定納期限内納付の義務を免責されるものではなく、不納付加算税不徴収の正当理由に該当しないことは論をまたないところである。

また、原告は、被告が原告に対し旧様式の国税納付書を交付することによつて、原告の過失を助長した旨主張する。

しかしながら、原告が被告から所得税法二〇四条に規定する源泉所得税の納付書の交付を受けたということは、原告において、ホステス等の報酬の支払い以外には同条項所定の支払いはないのであるから、原告は、右納付書の交付を受ける際、ホステス等の報酬支払いについて源泉徴収義務のあることをすでに知つていたことにほかならない。

したがつて、仮に原告が旧様式の納付書の交付をうけたとしても、このことによつて原告の過失を助長したことにはならないから原告の右主張は失当である。

以上述べたとおり、本件の源泉所得税不納付につき、原告には国税通則法六七条一項ただし書の「正当な理由」があるとは認められないので、原告の主張はすべて排斥されるべきである。

第三証拠<省略>

理由

一  請求原因1及び被告の主張1の事実(本件処分及び本件決定の経緯と根拠)については当事者間に争いがない。

二  そこで本件処分の違法をいう原告の主張(請求原因2(一)ないし(三))について順次判断する。

1  原告は、本件の源泉所得税の不納付は被告の重大な過失により発生、拡大したものであるから、本件処分は違法である旨主張する。

右主張の被告の重過失が何故本件処分を違法ならしめるのかは、原告の主張からは必ずしも明らかではないが、いずれにしても原告が本件処分の対象となつた年月分のホステスに支払つた報酬等について、源泉所得税を納付しなかつたことは前記のとおり当事者間に争いがないのであるから、原告が右源泉所得税の納付義務を負つていることは明らかというべきであり、したがつて、仮に原告主張の本件処分の違法を理由づける事実(請求原因2(一))が認められるとしたところで、右事実は原告の前記納付義務にまつたく影響しない事項であり、本件処分の実体的違法をいう理由とはなりえず、また、右事実は本件処分の手続自体に直接関係する事項でもなく、本件処分の手続的違法をいう理由ともなりえないというべきである。

付言するに、原告の主張は、右の事実が認められるならば、被告が本件処分をなすこと自体が、原被告間の公法上の信義則に反し、あるいは被告の権利濫用等によつて違法である旨の主張と解する余地もあるが、仮にそのように解したとしても、右事実のみではいまだ本件処分が違法となるべきほどの理由とまでは認められない。のみならず、原告主張の右事実がそのまま認められるものではないことも後記のとおりである。

よつていずれにしても原告の主張は理由がない。

2  原告は、源泉所得税の納税告知処分は各法定納期限ごとになされるべきであるのに、本件処分は、二九か月分について一括してなされたものであり、被告の適切な時期における納税告知ということができず、原告の分割納付の利益を奪うものであるから違法である旨主張する。

しかし、国税通則法三六条一項二号によれば、税務署長は源泉徴収等による国税でその法定納期限までに納付されなかつたものを徴収するについては、納税の告知をしなければならないとされており、前記争いのない原告が本件処分の対象となつた年月分の源泉所得税をその各法定納期限までに納付しなかつたことが、右規定の要件に該当することは当然であつて、右各年月分について一括して本件処分がなされたことをもつて何ら違法と解する余地はないといわなければならない。

すなわちこれを敷衍すれば、本件処分は、昭和四五年一月分から昭和四七年五月分までの源泉所得税について、形式としては二個の処分をもつて一括してなされたものである(この事実は当事者間に争いがない。)が、内容的には各法定納期限ごとに所定の法令の規定により計算された税額を合算したものであることは、弁論の全趣旨により明らかであつて、したがつて本件処分は、各法定納期ごとに可分な処分ということができるのである(なお、本件決定についてもまつたく同様に解される。)。そして、処分の適否については、前記のように可分な各法定納期限ごとの部分についても判断することを要するけれども(もつとも本件においてはこの点に関する違法をいう原告の主張はなく、その事実も認められない。)、本件のように処分が一括してなされたということ自体は、各法定納期限ごとの納税告知処分が同時になされた場合と比べて法的にはまつたく同一の内容と効力を有するものであつて、原告にとつて何ら不利益ということはできないのである。また、原告主張の各法定納期限ごとの分割納付の利益は、各月分の源泉所得税が法定納期限までに納付される場合を予定したものであつて、右期限までに納付されなかつた場合にまで認められるようなものではないものといわなければならない。

原告の主張はいずれにしても理由がない。

3  原告は、本件の受給者たるホステスらに対しては、原告が本件処分によつて納付すべき源泉所得税額について支払請求することが社会通念上もはや不能に帰しているから、本件処分は違法である旨主張する。

しかし、源泉所得税については、支払者が徴収を怠つた場合においても徴税の追求を受けるのは常に徴収義務者である支払者だけであつて(所得税法二二一条)、ホステス等に対する報酬等(同法二〇四条一項六号)についてもこの例外でないことは規定上明白であり、また、右の場合において源泉所得税を納付した支払者が受給者に対してその税額につき求償請求できる(同法二二二条)ことは当然であるが、支払者の受給者に対する求償権が現実に行使できることまで納税告知の要件とされているとは解することができず、たとえば受給者の所在不明等の理由により、支払者が求償権を事実上行使できないという不利益を受けることはやむをえないのであつて、右のような事実の存在は、本件処分を違法ならしめる理由とはなりえないというべきである。そして以上のように解したとしても、憲法の定める財産権の保障に反することにもならないのであつて、原告の主張は、失当である。

三  原告は、本件の源泉所得税の不納付につき原告には国税通則法六七条一項ただし書にいう「正当な理由」があり、本件決定は違法である旨主張する。

ところで、国税通則法六七条一項ただし書にいう「正当な理由」とは、同条に規定する不納付加算税が適正な源泉徴収による国税の確保のため課せられる税法上の義務の不履行に対する一種の行政上の制裁であることにかんがみ、このような制裁を課すことが不当あるいは過酷とされるような事情をいい、法定納期限までの不納付の事実が単に納税義務者の法律の不知あるいは錯誤に基づくというのみでは、これにあたらないというべきであるが、必ずしも納税義務者のまつたくの無過失までをも要するものではなく、諸般の事情を考慮して過失があつたとしてもその者のみに不納付の責を帰することが妥当でないような場合を含むものと解するのが相当である。

これを本件についてみると次のとおりである。

ホステス等の報酬等についての所得税は、昭和四二年法律二〇号所得税法の一部を改正する法律(同年六月一日施行)により、従来の申告側から源泉徴収制になつたものであるところ、<証拠省略>並びに弁論の全趣旨によれば、被告は、毎年末になると管内対象者に対して年末調整及び法定調書提出に関する説明会を開催しており、昭和四五年ないし昭和四七年における右説明会の開催状況は別紙<省略>の2記載のとおりであつたこと(ただし、開催回数は昭和四五年はのべ六回、他はのべ四回であつた。)、右説明会の開催にあたつては、その日時を知らせる案内とともに、年末調整及び法定調書提出に関する説明書を、事前に管内の法人及び官公庁、個人に対して送付していたこと、右送付の対象となつた法人は、東京国税局あるいは被告官署法人税課が法人名及び所在地等を把握している被告管内のすべての法人であつたこと、そして右送付される法定調書提出に関する説明書は、前記の法改正の後はホステス等の報酬等の支払者が被告に提出すべき所得税法二二五条所定の支払調書についての説明が含まれており、その記載を見ればホステス等に報酬等を支払つた者がその所得税について源泉徴収及び納付義務を負つていることが明瞭にわかる内容のものであることが認められる。

また、<証拠省略>によれば、原告会社は、昭和四二年に設立され、爾来法人税の確定申告を毎年被告に提出しており、最初の申告は昭和四三年六月になされていることが認められ、この事実と前記認定事実を総合すれば、原告は、遅くとも最初に法人税の確定申告をした昭和四三年以降は前記説明会の開催案内及び法定調書提出に関する説明書の送付対象たる法人として被告が把握したなかに含まれていたものであり、したがつて右書類の送付を受けていたものと推認することが相当であつて、これに反する<証拠省略>は措信できない。

さらに以上の認定事実に加え、<証拠省略>によれば、原告の経営するクラブ「西陣」は、昭和四三年ころから五反田地区の同業者組合である五反田料飲組合連合会に本部会員として加入していることが認められ(これに反する<証拠省略>は措信しない。)、また、<証拠省略>によれば、原告の経理担当取締役である高山恵啓は、昭和三三年ころから風俗営業に関係する会社等の営業、経理等を担当した経歴を有するものであり、同人は原告会社の設立以来その経理を担当していることも認められる。

そして、以上認定の事実を総合すれば、原告は、前記の法改正によりホステスに支払つた報酬等の所得税が源泉徴収制となり、原告が徴収及び納付義務を負うことになつたことについて、遅くとも本件処分の対象たる源泉所得税のうち最初に法定納期限が到来する昭和四五年一月分の報酬等の支払いのときまでには、これを知り得る機会が十分にあつたものであり、その後も同様であつたと推認できるのであつて、仮に原告が本件処分の対象たる源泉所得税についての徴収及び納付義務の存在をその報酬等を支払つた当時知らなかつたとすれば、この点について原告に過失のあることは到底否定できないものというべきである。

もつとも、<証拠省略>によれば、原告が、その設立以後被告に対し毎年提出した法人税の確定申告書には、原告が支払つたホステスの報酬等について社交払戻金の科目として記載がなされ、その趣旨についての説明もなされていること、及び原告は従業員の給与所得についても所得税の源泉徴収及び納付を行なつていなかつたが、これについては昭和四六年一二月ころに被告係官の指導を受けて、以後これを行なうようになつたことが認められるから、被告としても担当部署間の連絡体制を整備していれば、本件処分よりは早い時期に、遅くとも被告係官の前記指導がなされた昭和四六年一二月ころには、原告の本件の源泉所得税の不納付の事実を知り得たはずであり、そうすれば原告に対し不納付の事実を直接指導する等のことによつて不納付の発生あるいは拡大を防止できた可能性があつたものと解せられる。

しかしながら、右のような双方の事情を斟酌対比してみても、なお原告が被告から不納付の事実を指摘されるまでもなく、本件処分の対象となつた所得税の源泉徴収義務の存在を、その最初の法定納期限までに十分知り得べき状況にあつたものであることを否定しえない以上、被告が不納付を指摘しなかつたとの事実は原告の本件源泉所得税の不納付の正当理由の有無の判断についてさほどの影響を与えるものではないというべきであるから、右の不納付につき原告に正当な理由があるものとは認められないといわざるをえない。

よつて不納付につき正当な理由があるものとして本件決定の違法をいう原告の主張は、その前提を欠き理由がないことは明らかである。

四  以上の次第で、本件処分及び本件決定の違法をいう原告の主張は、すべて理由がないことに帰し、他にこれを違法ならしめるような事情も存しないから、本件処分及び本件決定は、いずれも適法というべきである。

よつて、原告の本訴請求は、いずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 内藤正久 山下薫 三輪和雄)

別紙<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例